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カテゴリ:44.十元の理法Ⅲ( 1 )


2017年 09月 27日

44.十元の理法Ⅲ

「生命の大親」のお力お働きというのは「十元の理法」という法則性を持って与えられております。あらゆる全ての存在現象が「十元の理法」によって成立しています。どんな現象も、運命も、環境も、すべて「十元の理法」によって現されています。

ですから、この法則に反した場合、例えば自分が幸せになりたいと言ってマイナスの種を蒔いたとします。かぼちゃの種蒔いて、麦を穫りたいと言っても、親理法則に逆らっていますから絶対にその現象は起きない事になります。

ですから、より良くして行くより素晴らしい現象を起こすためには、実際に大自然に働いている「生命の大親」のお力お働きであります親理法則の「十元の理法」をどうしても悟る必要があります。

宗教宗派では解決いたしません。宗教は人間が作ったものであります。人類が約4,5百万年前に、地球に現れて作り出したものです。しかし、この原理・原則は人間が作り出したものではありません。これが事実であります


十元の理法

      Ⅰ.能動変化の理法
     Ⅱ.平均調和安定の理法
     Ⅲ.出発発展の理法
     Ⅳ.種類分化の理法
     Ⅴ.強度継続の理法
     Ⅵ.循環の理法
     Ⅶ.終止限界の理法
     Ⅷ.作用総合の理法
     Ⅸ.原因結果の理法
     Ⅹ.機会・場の理法

この理法というのは実際に身につけて使いこなすのには、相当の理の拝受が必要であります。

「能動変化の理法」は、全てのものが能動変化している法則であります。地球が回っているという事自体は、親の能動的な意思の働き、その結果によって地球は回っています。あらゆるものが変化しています。月も、太陽も、地球も、原子核も、変化していないものはありません。物質でも変化していきます。生命的な発展のために、あらゆる変化が行われています。

ですから、人生問題でも、やがては必ず「能動変化の理法」で変わっていくのであります。自分の人生、お先真っ暗で、もう一生駄目だということはありえません。必ずどの様な運命でも、能動変化して行って必ず新しい発展になって行きます。

一番大事なことは親理に沿って努力する事であります。問題そのものの事を考える必要はありません。どんな問題でも気にする必要はありません。

一番大事なのは、自分がどう生きるかを気にしなければなりません。親理に沿って生きれば絶対「能動変化の理法」で変わって行っているのであります。

私達も生命を頂いています。ですから黙っていても何かをしようとしています。ところが自分の霊的観念(意識、気持ちの固まり)がマイナスなものは、暇があれば、暇な生き方として、小人閑居して不善をなすと言います。不善とは良くない事、ついつい暇な時間があればマイナスの方のことを考えてしまいます。

本当は、大人は閑居すれば益々能動的な良い仕事をしていくのであります。
プラスの事。運命的発展の事。他の生命にプラスを与える事。他の人が生きているのに対して他の生存をプラスにする。他がプラスで生きれる様にしたら、自分もプラスで生きられる徳が身につくのであります。徳とは生命の財産であります。

他の生き方をプラスにしないでおいて、自分の生き方だけをプラスにしようとしても、それは、不可能であります。

他にプラスの種蒔いたら、種を蒔くのに外に蒔きます。そうしたら収穫として生えてきます。蒔かないで、刈り取るばかりしようとしても、種まきだけは嫌いだけど、収穫だけが好きだからと言っても、収穫だけやっていきましょうといっても、そんなことは出来ません。料理作らないで、食べる事だけをやっていきたいとしても無理であります。

そうしますと、小人閑居して不善をなすと言っても、本当は閑居していても、何かをしているというのが生命の能動性であります。だから、時間があればあるほどプラスをするのであります。

実際は、能動変化しているから、能動的な意志の力をプラスに使わなければなりません。

要するに「能動変化の理法」とは、全てが能動的に変化していることであり、大いなる方向へと向上している事であります。

「平均調和安定の理法」というのは、例えば、水が流れるにしても、全てより大きな平均調和安定であります。水が流れるといって、低い方へ流れた方が安定するでしょう。雨が降るという現象もそうであります。それでは、水蒸気として上がるのは,エネルギーをもらった時は、上がった方が安定している状態であります。

より安定へ向かって全てのものが、この大宇宙の全ての現象が大調和へ向かって進んでいるという事であります。

つまり、全ては、より大きな安定調和へ向かって変化しているという事であります。

「出発発展の理法」とは、全て、常に新しい形状に向かって親化発展(新化発展)している事であります。この新化という字は、進むという字ではなく、あえて新しくなるという字を書いておきました。進むというよりも、新化している。新しい形状に向かって行っているのです。)

「種類分化の理法」とは、全ては、個有性を持った種類に分化されているという事であります。

「強度継続の理法」とは、一つのものを継続していく力を貫くという事であります。

「循環の理法」とは、全ては、循環している事。繰り返しながら発展している事であります。

「終止限界の理法」とは、全てに、ある一定の限界があり終わりがあるという事であります。

「作用総合の理法」とは,全てが総合的に作用し影響しあっている事であります。

「原因結果の理法」とは、全ての原因が種であり、全てが結果収穫であるという事であります

「機会・場の理法」とは、あらゆることが、全て向上発展の機会であり、場であるという事であります。

このように「生命の大親」のお力お働きであります親理法則の「十元の理法」というもので出来ています。人類は未だそのような観念をつかんでいません。しっかりと理の拝受を行って、その理を使いこなせるようにならなければなりません。

ただ、単に知識として得たとしても何の価値もありません。何故なら、知識は忘れてしまうからであります。御霊の世界へ帰るとき(肉体的生存を終えて霊的生存に帰る時)には、実感になっていなければ、何もなりません。
実感という自分の物(霊的意識)になっていないと、もってかえれないのであります。
気持ちの収穫をして、それだけの徳という運命財産に成っていないと霊的にもってかえれないのであります。


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by shizennori1 | 2017-09-27 17:01 | 44.十元の理法Ⅲ