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カテゴリ:29.真生命霊財産(徳)( 1 )


2017年 07月 26日

29.真生命霊財産(徳)

この大自然界に生存させて頂いて、どのように生きれば良いか求めてきました。この世界は、人間が造った世界ではありません。この様な生き方を「生命の大親」に教えて頂きました。自分の力では悟ることは絶対出来ません。何一つ自分ではできません。全部、全てして頂いております。この様な事が全然分からないでおりました。

人間の力で、海、山、川を造ることはできません。どこかの建設業者が造れるでしょうか。造れるわけはありません。この世界は、人間を越えた自然の創造主が造り出したのであります。到底、考えも及びません。全て生きとし生きるものをより良く活かそうとしています。この創造主である
「生命の大親」は、私達生きとし生きるものに生命を与えて下さっています。それぞれの生命は、より良く生きるために生命霊財産という徳という眼に見えない運命貯金を持っています。

問題は、この運命財産である徳を増やして生きているか、もしくは徳と言う運命貯金を減らして生きているかということです。とにかく、どちらかで生きております。生命霊財産=運命貯金=徳ということになります「生命の大親」は、一人一人に、その徳を持たせてあります。そのことに気が付いて、皆の為に生きるということが、徳を増やす生き方であります。しかし人類は、この事がわかっていません。


マイナスの種を蒔いてプラスの収穫にはなりません。

マイナスの種を蒔いたらマイナスの結果しか出ません。誰がやろうとも、何時やろうとも、どこでやろうとも、必ずその様になることに決定しています。


生命の大親は、一番皆の為に役にたって居られます。親は、生命の子が、より良く生きて、助け合って生きることを望んでおられます。しかし、人類は、親の気持ちがわかっておりません。ちょうど人間社会でも、親の心子知らずといいますが全く同じで生命の大親心人間知らずということになります。

親が子供を思うように、一人一人が、他の為に役にたつ生き方をすれば、より良く生きていくことができるのに、自己中心で生きております。自己中心で生きると悩むことになってしまいます。何故なら、悩みの本質は、自分の事を考えているからであります他のことを思いやると悩みはありません。そこに自分が無いからであります

生命の大親が全ての為にしていて下さっておられます。私達が皆の為にと行っているとその行いが、体を使ってやろうとも、お金を使ってやろうとも、言葉を使ってやろうとも、全て徳と言運命貯金になることになります。そうすると「生命の大親」に受け取ってもらうことになります。受け取って頂ければその様な現象が起きてまいります。何故なら「生命の大親」が親創造して下さった親の世界であるからです。

現在の地球人は、この徳を減らすことばかりしています。それなのに幸せに暮らそうとしています。しかし、マイナスをしていてプラスになることはありません。他の役にたつことをしていません。地球温暖化、大気汚染、土壌汚染、地下核実験など例を挙げれば沢山あります。このような徳減らしをしていて良くなるはずはありません。誰かが他の為の生き方に気が付いて行って行かなければなりません。

運命財産である徳という運命貯金がありますと、この世界の通行手形の様なもので、より良く生きて活けるのであります。

問題があったときには「生命の大親に願って徳積をして、事にあたれば、必ずその様な現象が起きてまいります。現象が起きると益々「生命の大親」に願い、益々徳を積んでいきます。
しかし徳の無いものは、事が起きると、益々徳を減らしていく生き方をしてしまいます。
日頃より他の為の徳を積んで「生命の大親」
に願って生きていくべきであります


地球に住んでいる人達が、理に沿った生き方が出来ないのは「徳」という生命の財産の事が判っていないからであります。

「徳」とは「生命の大親」が認めて下さった生命霊財産であります。「おつなぎ徳積の理」とは、毎日毎日、日々をつないでいますから「おつなぎ」という「徳積」ということになります。

おつなぎ徳積の理は、真生命霊財産の蓄積した「理」であります。
「理」とは「生命の大親が、お造り下さった、この世をより良く生きていく為の原則・法則・筋道・掟であります。


Ⅰ. 真生命霊財産とは、自己の本質である生命そのものの財産であります。

親生命霊財産=「徳」は、生命そのものに備わっている財産=「徳」でありますから、自分の生命が生命活動を行う場合、より良く生きる為に生命力として働く自分自身の生命の力と働きであります。

「徳」という生命霊財産が無くなると、この物質界をはじめ、命霊界・生命界においてもより良く生きることはできなくなります。

「生存するということは生命活動の姿であります」から「徳」というものが無くなると、より良い生命活動、つまりより良い生存が出来なくなります。

現代の地球人は科学知識の発達によって物質的に豊かになりましたが「徳」が無い為により良く生きる事が出来ていません。「徳が無いと争いや戦争などに無駄なお金やエネルギーをかけて殺しあう為の戦争兵器を作っています。国家予算を赤字にしてまでも軍隊をもち軍事兵器開発競争をしています。また、経済摩擦などの経済競争を世界中で行い、金の変動相場制や株式の売買によってマネーゲームを行い、無駄なエネルギーと資源を消費して生きています。

この地球上で、現在、人類がお互いに殺しあう為の軍隊や戦争兵器を持ち、爆弾テロを行い、更に人間が勝手に作った金を奪い合うための経済戦争を行うようなマイナスの生命活動をして、何か価値があるでしょうか。

国民の為の福祉予算を削り、人間同士の殺し合いの軍事費は何兆円も使って、それで幸せに生きることが出来るでしょうか。

マイナスの種を蒔いてプラスの結果は出てまいりません。どうしてこのようなことが判らないのでしょうか。 それは、たった一つ「徳」という親生命霊財産が無いからであります。

昔のことでいうのなら、こちらは刀を研いで、向こうは薙刀を研いでいて、お互いに仲良くしましょうといっているようなものです。仲良くしたいのならお互いの武器はなくして、助け合う為の予算として使うべきだと思います。このようなことが、全然判っていません。

もし、「徳」という親生命霊財産が人類にあれば、お互いに助け合うための生命活動を行い、より良く生きていく事ができる筈であります。

Ⅱ. 「徳」とは「生命の大親」が生命の御子たちの生命そのものにつけて下さっている生命霊財産であります

金は、本来人間がより良く生きる為に便宜上作った人間の財産であります。

「生命の大親が認めた生命の真生命霊財産は「徳」であり、生存の本質的価値であり、人間が認めた金は、人間が認めている時にだけ通用する物質的・表面的・刹那的価値であります。これは、この世にのみ通用する価値であります。

Ⅲ. 「徳」であります真生命霊財産は、永遠普遍なる価値であり、生命界(生命そのものの世界) 、命霊界(自分の心、意識の世界)、物質界(形ある世界)の全てに通用いたします。

真生命霊財産はより良く生きる為の全てに通用する価値であります。運命・環境を良くする為にも、あらゆる人間関係を良くする為にも、人や物との関係を良くする為にも、才能や能力の開発発展の為にも、よりプラスの観念や感情を保って生きる為にも、誰にとっても絶対的な必要不可欠の生命の真生命霊財産であります。

より良い運命・環境は人間のお金で買うことは出来ません。お金があってもマイナスの生き方や不幸な生き方を人間はしています。お金は全てに通用する生命の財産では無いからであります。

お金は「生命の大親」が認めて下さった生命の財産では無いからであります

運命・環境は「生命の大親」が、それぞれの生命の御子らにお与え下さるものであります。

「徳」がないとマイナスの人生や生存となります。生命活動の全てに通用するもの、それが「徳」という真生命霊財産である事をどうしても悟らなければなりません

「徳」という真生命霊財産は何時・何処でも何にでも通用する「生命の大親」の親生命霊財産であることから、今生だけではなく来世にも来来世にも通用することになります

「徳」という真生命霊財産を選ぶかそれとも現世的な金を選ぶかは各人の悟り次第であります。

Ⅳ. 「おつなぎ徳積の理「生命の大親に対して行うべきものであります。何故なら「生命の大親」御自親だけが生命の御子らの生命に生命霊財産であります「徳」をつけて下さるからであります。


如何なる宗教・宗派の神仏でも、生命の財産として「徳」を増やすことは絶対に出来ません。何故なら生命には、宗教・宗派はありません。生命は誰にでも共通普遍のものであるからであります。

物質界の生存の目的はおつなぎ徳積のを行うことにあります


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by shizennori1 | 2017-07-26 14:09 | 29.真生命霊財産(徳)