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カテゴリ:28.「大自然界」の生き方( 1 )


2017年 07月 22日

28.「大自然界」の生き方

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「大自然界」
の生き方は、今までに無い全く新しい人類の生き方であります。ですから新しい考え方を身につける為には、先ず素直に理解して見る事が大切であります。理解した上で実生活に役立てゝ見る事が大事であります。自分の人生や実生活の役に立ってこそ、新しい教えや考え方は価値があるのであります。その為には今までの観念や感覚はそのままにして素直に新しい考え方を吸収して見る事が必要であります。

Ⅰ)より良く生きる為の欲求の段階

誰でもより良く生きていこうとしております。より良く生きていこうとするのは生命あるものゝ本質的欲求であります。ではより良く生きるという事は、どの様に生きて行く事でしょうか? より良いとは何にとって良いのでしょうか? 物質的・経済的にだけ恵まれていれば生きる価値があるのでしょうか?                                                その為に先ず「欲求の段階」を表して見ます。上記が欲求の段階ですが、どの段階を満たせばより良く生きる事になるのでしょうか? 

Ⅱ)自己の本質

自分自身の本質は肉体ではありません。肉体は時々刻々と変化していくものであります。赤ちゃんとしてこの世、物質界に肉体的誕生をして以来、今日まで変化し続けているのが肉体であります。やがて肉体は母なる大地へと還元されるのであります。

肉体は母なる大地の土より出でしものです。ですから、必ず土へ帰るのであります。 (塵なれば塵に帰る)の諺どおりです。                             肉体や物質は死んであの世へもっていけません。
物質界を越えた生命界・命霊界へ行くのは、肉体ではなくて、自己の本質である自己の生命・霊魂なのです。

生命や霊魂こそ自己の本質なのであります。

自分の生命力が自分自身の霊的観念を作っていきます。生命の力と働きが霊的観念波動を作り、その霊的観念波動が綜合して自己の霊魂を形成しているのであります。

ですから最終的に自己の本質とは、生命そのものであります。自己の本質とは生命そのものであります。

Ⅲ)生きる事の意味(生存の本質と次元)生命活動と霊的生存・肉体的生存

生きると言う事は、どういう事でしょうか? 生きるとは自己の生命が活動している姿であります。生命が活動しなくなったら一般には肉体的に死んだと言います。

ですから「生存とは生命活動の姿なりと言えるのであります。

※ 肉体的生存

自己の生命が肉体をもって生命活動を行っている場合を肉体的生存と言います。つまり肉体的に生きている事を意味します。生命活動とは、生命の力と働きをもって自己形成を行うことであります。

麦は麦の生命力をもって麦としての植物の体を作ります。魚は魚の生命力をもって魚の体を作ります。牛は牛の生命力をもって牛の肉体を作ります。この様に生命活動とは自己形成なのであります。

換言すれば、肉体的生存とは肉体を作っていく為の生命活動なのであります。これが物質界で肉体的に生きるという意味です。

※ 霊的生存

霊的生存とは、生命が自己の霊的観念を作っていく事であります。自分の性質や観念・感情などを形成して行く事です肉体的生存の体験・経験を通して全ての生命は自己の霊的観念=霊魂を作っていくのです。霊的生存とは肉体的に生きる事を意味しておりません。生命が霊的観念を作る事ですから、生命は肉体的生存を行なっていると同時に霊的生存をもしているのです。 

肉体を土に返して肉体の生命活動を止める事を肉体的死と言います。しかし生命は霊的生命活動を続けます。肉体的死によって命霊界(霊界のこと)に帰るという事は、旅行から家に帰ったと同じことであります。家に帰れば旅行の思い出話をしたり、旅行で撮ってきた写真を整理したり、旅行の思い出を味わいます。命霊界も同じことです。

肉体的誕生とは、自己の霊魂が命霊界から物質界に旅行に出発して来たことなのです。肉体的死とは自己の霊魂が命霊界に帰ることであります。 命霊界に帰ってから霊魂は肉体的生存によって色々収穫した霊的観念を味わい、又次の肉体的旅行に備えて思い出を整理したり致します。命霊界におけるこの様な生命活動を霊的生存というのであります

霊的生存によって自己の本質であります生命は自分の霊的形成を行います。

つまり霊的成長発展をおこなうのであります。生命は常に自己形成の仕事をするのですから肉体的生存の場合も、霊的生存の場合も同じことなのであります。

生命は霊的生存をすることによって自己の霊的観念を広げ、霊魂の成長発展を行うのであります。 ですから、肉体的生死にかかわらず生命は霊的生存を常に行っているのであります。

※ 生命的生存

生命が生命活動を行っている事を生命的生存と言います。しかし、生命は本質的に能動的意志の力と働きですから、生命は常に生命活動を行っております。生命活動自体が生命的生存です。

生命的生存とは、霊的生存肉体的生存の生命活動を行うことを意味します。

生命は本来、常に能動変化する力と働きであり、永遠普遍なる存在であります。

ですから自己の本質であります生命は永遠普遍なのであります。

つまり、自己は本質的に永遠普遍なる存在である、ということです。

Ⅳ)生きる為の価値

より良く生きるためには、欲求の段階を認識し、自分とはなにかという、自己の本質を悟る必要があります。しかし、更にもう一つ「価値の段階」を悟る必要があります。 何がどのような価値なのかを悟ってこそ、より良く生きる目的が達成されるのであります

より良く生きるという事は、自己の生命・霊魂の成長発展に役に立つ人生を送る事であります。どの様な人生を送ろうとも、自己の生命・霊魂の成長発展に価値のない一生は無意味なのであります。

今日一日の生命活動が本質的に自分の生命・霊魂に価値ある生き方であるならば、今生を生きた意味があるのであります

生きる事を大切にする一生でなければ価値がありません。その為には、生きる事を大切にして、誰でも生きる事に対して更に真剣に努力する必要があるのであります。

生きる為の価値

より良く生きるためには、欲求の段階を認識し、自分とはなにかという、自己の本質を悟る必要があります。しかし、更にもう一つ「価値の段階」を悟る必要があります。 何がどのような価値なのかを悟ってこそ、より良く生きる目的が達成されるのであります

第一段階の肉体的価値というのは、表にあるように、物質的価値であります。いわゆる動物的な本能を満たす為だけの欲求であり価値であります。物質的な段階ですので、物中心の生き方です。

第二段階の社会的価値というのは、この世的な価値を求める段階であります。例えば、魚を収穫したとします。しかし魚を沢山もっていたとしたら、そのままでは腐ってしまいます。だから第二段階の通用範囲の広いお金に変えていきます。お金をもっていても、それでは幸せかというと、必ずしもそうではありません。

第三段階の精神的価値といいますのは、こんどは、お金という段階を、もっと通用範囲の広い信用とか、運命とか、環境などに変える事のできる霊的価値の段階であります。

第四段階の生命的価値と言う事になりますと、永遠普遍なる価値であり、全てに通用するところの価値であります。つまり、与えて与えての、他の為の生き方になり、決して、してもらう段階の価値ではありません。要するに、徳と悟りの親生命霊財産の段階であります。

より良く生きるという事は、自己の生命・霊魂の成長発展に役に立つ人生を送る事であります。どの様な人生を送ろうとも、自己の生命・霊魂の成長発展に価値のない一生は無意味なのであります。

今日一日の生命活動が本質的に自分の生命・霊魂に価値ある生き方であるならば、今生を生きた意味があるのであります。

生きる事を大切にする一生でなければ価値がありません。その為には、生きる事を大切にして、誰でも生きる事に対して更に真剣に努力する必要があるのであります。


その為には、どうしても親生命霊財産であります徳と悟りを高める生き方をしなければなりません。




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by shizennori1 | 2017-07-22 16:36 | 28.「大自然界」の生き方