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カテゴリ:20.「原因・結果の理法」③( 2 )


2017年 04月 11日

20.「原因・結果の理法」③

運命に働く大自然の「原因・結果の理法」を理解せずに暮らしているのでは、本質的に犬猫などの動物と変わらないのです。人生に働く運命的力と働きは全ての生物にとって実に重大なものです。それによって人生が大きく変わるからであります。

交通事故にあうか会わないか、ガンになるかならないか、自分の人生を変えてしまうような人や出来事に巡り会うかあわないかなどの運命的事柄は実に大切な要因であり、人間にはどうする事もできないのであります。

親がどういう子供を欲しいといっても
「生命の大親」の大自然から与えて頂くしか授かりません。親が子供をつくるのではなく、大自然から、子供を授けていただくのであります

「生命の大親」は大自然の力と働きによって、全ての生物の霊的成長に最も必要でプラスとなる運命・環境をお与え下さるのであります。

運命・環境は決して悪いものはありません。問題は、その問題をどの様に通るかであります。

必ず通れる問題であります。問題そのものをマイナスにとらえてはいけません。問題があるから努力して伸びていくのであります。何もなかったらおもしろくありません。問題があるのはプラスのことであり、やりがいがあることであります。しかし、なかなかプラスに思えずにマイナスに思ってしまいます。ではマイナスに思ってそのようになってもいいのですかというと、そうなりたくないと言います。それだったらプラスに素直に思えばよいことになっていることになります。

マイナスの否定的な、ネガティブな、悲壮感な考え方に陥りやすいのです。このような観念、意識を、プラスの方へ切り替えなければなりません。このことを意識の真転換と言います。


「生命の大親」より大自然を通して与えられる運命・環境は、全生物にとって、実に重大なものであります。

「生命の大親」は全生物にそれぞれの行いを種として必要な運命・環境を与えて下さるのであります。

全ての生物の生存行為とは、必要な事をすることであります。医者は患者に必要な処置を施します。政治家は国にとって必要な政策を行い、企業は人々に必要な品物を提供するようにしています。先生は生徒に必要な事を教え、生徒に必要な指導をします。親は子の成長発展に必要な行いをします。食べ物を与える事も、着物を着せることも、学校へ入れることも、小遣いを与える事も、結婚させる事も全てが子にとって必要だから行うのであります。


「生命の大親」は、全生物の生存にとって、そして全ての生物の霊的成長発展にとって必要な事を大自然を通して与えて下さっているのであります。

肉体的生存にとって必要な事、例えば大宇宙を創造して太陽や月、地球をつくり、海山川等の環境を整え、生物の物質的体をつくる等、この物質界で生存する事に必要なすべての行為を「生命の大親」が大自然を通して行っていて下さるのであります。

人間の肉体をこの世に生存させるにも、眼が見え耳が聞こえ口がきけて、手足を動かせるような人間としての物質体的な体をつくり、この体を維持する為に心臓を鼓動させ血液を循環させ、一秒間に五千万もの細胞を新陳代謝させ、更にその他にも肉体的生存に必要なあらゆる事を行ってくれているのであります。

「生命の大親」は全生物の肉体的生存に必要な物質的全てのことを行っていて下さる一方で、霊的成長発展に必要な運命的な事柄も与えて下さっているのであります。


大自然より活かされ生きている人間の親だけが、人間の子に精神的・肉体的に必要な事を与えて、元の
「生命の大親」が運命的・霊的に必要なことを与えないということはあり得ません。必要性を充たしていく大自然の掟を「必要性の原則」といいます。

「生命の大親」が最も根本的に望んでおられる事は、生命の御子であります全生物の霊的成長発展であり、肉体的生存はそのために必要な経験と味わいを霊魂に与える方法手段なのです。

従って「生命の大親」は、生命をもった御子であります全生物がそれぞれに必要な経験を味わえるようにこの世における様々な運命・環境をお与え下さっておられるのです。


各霊魂(たましい・精神)にとってどの様な運命・環境を経験させることが必要かは、それぞれの霊魂が肉体的に生存行為として実際に行った「行いの種」によって決まります。つまり、人生の行いという事が原因となって運命的結果が与えられるのであります。


「生命の大親」は親の子であります人間に自由意志を与えてくれています。生命ある全ての生物は、自由意志の使える範囲は大小違いますが、能動的に自由選択ができるのであります。

だから、自分の自由選択の意志で行った人生の行為は全て運命・環境に生えてくる為の「行いの種」なのであります。

自分の運命・環境にその様な結果が現れてきた以上は、誰が何と言っても、どう信じようがどう思おうが、自分の蒔いた運命的原因の結果なのであります。従って、誰の責任に転嫁する事も出来ません。

自分で蒔いた「行いの種」は自分の責任として実際の行いによって刈り取らなければなりません。誰を恨んでも怒っても何の解決にもなりません。他の人や運命のせいにして恨んだり怒ったりすれば、よけいマイナスの種が増えるだけであり、損をするのは結局自分自身なのであります。

「原因・結果の理法とは、運命的な事柄に当てはめれば、実に厳しいともいえますが、しかし、こんなに有難い事もありません。自分自身が努力して真理に適ったプラスの行いの種を蒔けば、如何なる運命・環境も絶対にプラスにすることが出来るからであります。

原因・結果とは、正に厳しくて有難い絶対なる理法であります。プラスにもマイナスにも原因どおりに結果が現れなければ、絶対的な大自然の親理(真理法則)とはいえません。

原因・結果永遠普遍なる絶対的な、大自然の親理(真理法則)なのであります。
「生命の大親」
の絶対的掟であり、永遠普遍の決まりなのであります。

運命・環境に働く原因・結果の力と働きを信じられるとか、信じられないとか言っているのは、未だ「原因・結果の理法」が悟れていないからであります。

「原因・結果の理法」を悟り、より良き人生の行いの種を自分自身の為にも、子孫の為にも蒔いていくことが大切であります。

人類の進歩発展とは、親達が次の時代の子孫たちにプラスとなる遺産を残していくことなのであります。その中で最も大切なものは、親達が子孫へ残す運命的財産であります。子供たちがこの地球という肉体的生存の材料を最大により良く活用して、より素晴らしい人生と生存の喜びを味わうことが出来るような運命的財産と徳と力を残してあげる事が最大の宝物であります。

大きな建物を残すよりも、子供たち自身がそれ以上に立派な建物をたてることができる運命的財産と徳と力を残すことの方がずっと大きな価値なのであります。何故なら、地球は今までも存在してきたし、人類が破壊しない限り次の時代も存在し続けるからであります。

人類の生命的な質と力が高まるためには、人類が生命的絶対の「生命の大親」の御存在に目覚め、「生命の大親」の大自然の力と働きに対してもっともっと素直になるべきであります。

生命も肉体的生存も人間が根源的に創造し営んでいるのではありません。


要するに徳を増やす生き方をしなくてなりません。


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by shizennori1 | 2017-04-11 12:12 | 20.「原因・結果の理法」③
2017年 04月 11日

20.「原因・結果の理法」②

医学が大自然の親理(真理法則)と対立するという考えは明らかな間違いであり、親理(真理法則)を悟っていない非科学者的発想であります。

大自然の全ての営みは総合されております。人間を含め全生物の生存とは肉体的要因だけで生きているのではありません精神的・霊的・運命的・生命的、更に環境的な要因などが全て綜合されて活かされ生きているのであります

病気が治ることを一例として取り上げてみても、医学的な肉体の治療だけがすべてではありません。治るだけの生命力が高まり、治るだけの運命・環境が整い、治るだけの観念となることが必要であります。

たとえ、医学的な治療がうまくいったとしても、そのような治療がたまたま受けられるかどうかは運命的要因が影響してきます。同じ治療や手術でもある人は助かり、ある人は治らないのであります。医学者は治そうとして最大・最善の努力をしますが、それでも結果は違ってくるのであります。

医者の立場にも運命的力は働いています。治り易い患者を多く扱う医者もいれば、幾ら技量が優れていても、間の悪い患者ばかりを扱う医者もおります。問題を起こす患者ばかりを扱っている医者は不運ということになります。

運・不運とは何も医者という職業だけのことではありません。全ての職業・仕事にあてはまります。人間の生存行為だけではなく、全ての生物の生存に事実としてあることなのであります。

大自然が運・不運という運命的現象を現実に起こしている以上は、そこに「原因・結果の理法が厳然として働いている証拠であります。何故なら、大自然の全ての現象や営みに「原因・結果の理法」が働いていて、運命現象にだけは働いていないということはありえないからであります。

運命現象にだけは「原因・結果の理法」がはたらかない、という事になれば、大自然の親理(真理法則)は、もはや大自然の永遠普遍の親理(真理法則)ではなくなります。

大自然の「原因・結果の理法」を否定したならば、一切の科学も学問も、人間の社会生活も成り立たなくなります。第一、この大自然自体の存在と現象が成り立たなくなるのであります。

成り立っている以上は、そこに永遠普遍に働く「原因・結果の理法」を認めざるを得ないのであります。

大自然の力と働きは全て綜合的であるのですから、一部的・部分的・刹那的な見方や感情的・感覚的とらえ方は間違いのもとになります。

特に親子は、体質的、性格的、霊的、運命的などいろいろな要因がつながり、共通しております。人格的、観念的に子が親の影響を受けない筈はありません。むしろ、子に一番影響を与えているのが親なのです。だから、昔から諺に「親の因果が子に報い」と言っているのであります。

親の人格、価値観、行動、観念、情緒など全てが子に影響します。子は親の全てを吸収して自己の人格、観念、性質などの人間性を形成していくのであります。だから、親の念波は九割であると言われているのであります。

子にとって親とは、父母を意味します。親という概念は子にとっては一体性のものであります。従って、両親の仲が悪かったり、価値観が異なっていたりした場合、子供は情緒が不安定になります。父母の意見の対立は、子にとって自己分裂を起こすのです。職業が何であれ、運命・環境がどうであれ、子供にとっては両親が一致していてくれることが大切であります

最近の傾向として、父が仕事だけに一生懸命となり、母が子供の事だけにかまけて、子供を過保護に育ててしまうことがあります。この結果、子供の情緒は不安定となり、子は欠損人格となります。子供自身にストレスがたまってやりきれなくなるのであります。そして遂に家庭内暴力・校内暴力と発展していくのであります。暴走族や非行化していくことも同じ原因です。ただ程度の差と方向性の違いであります。

子供を立派に育てあげるためには、お金や物質を与えることも必要ですが、それだけでは不十分であります。肉体的に子を育てるだけならば、他の動物ですらしていることです。人間の親ならば、両親が一致して人間としてこの世を素晴らしく通る観念や精神を子供に与えるべきなのです。親が自己の人格や観念を子に与えてこそ、人間の親であります。

現在、ほとんどの親達が子に物質的なものを与える事だけに関心をもち、自分達が持っている大切な心を与えることを忘れてしまっています。

大人達が、次の時代を担う子供たちの心を育て、人格を高めることを、家庭でも、学校でも怠っているのです。

その為には、まず自らが人格を高め、感謝と喜びを持った豊かな心を開発発展させなければならないのであります。自らが心の豊かさをもたずして、子に素晴らしい心や情感を与える事は出来ません。

自らが豊かな心と感動をもってこそ、子に与えることが出来るのです。

大自然の「生命の大親」に対して、自らが「生存の感謝と喜び」をもってこそ、その感謝と感動の心を子に与える事ができるのです。

「生命の大親」の生命の祝福を受け、子供を授けて戴いた人間の親達にとって最大・最高・最善の仕事は、次の時代の人類である子供たちに精神的財産を与えていく事です。

精神的財産とは、悟りと徳のことです。つまり、子供達が良い運命・環境で通れるような良い行いの種をしっかりと蒔いて行くことです。

親が蒔いた行いの種が原因となり、その結果が子供の運命・環境に確実に生えてくるのであります。

親が人格的に崇高であり、親の行いが大自然の親理(真理法則)に叶ったものであるならば、親が子に残してあげる運命的財産は素晴らしいものであります。

人間の親が残す最大のものは運命的・精神的財産です。「子孫へ美田を残すな」という諺があります。たとえ子孫に物質的財産を残しても、その財産を維持してゆけるだけの力と徳が子供になければ、子供は財産を全て失う結果となってしまいます。

子供自身の手で財産を立派にきずく事が出来るだけの運命的財産を残してあげるのが、親が子に与える最大の財産であります。

親の作った物質的財産に執着する子供よりも、自らの力でこの世を立派に生きていける力と徳を持った子供に育てあげる事が、人間の親としての最大の義務であります。

子供にとって親からの最大の精神的遺産とは、親が行った人生の事実と、親の人格そのものなのであります。親の行いは事実の種として、子供の人生に必ず運命的に生えてきます。

親のプラスの行いの種もマイナスの行いの種も、必ず子供達の人生にめぐり巡って生えてくるのであります。これが「循環の理法」であります。もし、麦という行いの種を蒔けば、好むと好まざるとにかかわらず、気付こうと気付かざるとにかかわらず、絶対に麦という運命の結果がやがて生えてくるのであります。

原因を行っておいて、運命・環境にだけは結果が現れない、という考え方は最も非科学的であり、矛盾しております。

大自然が与える運命的要因だけには、原因・結果を認めようとしないのは、大自然の「生命の大親」に対する冒瀆であります。大自然に逆らう事になるのであります。

「生命の大親」の大自然の力と働きによって生命を与えられて活かされ生きている人間が大自然に逆らっては良い運命・環境になる理由がありません。


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by shizennori1 | 2017-04-11 12:11 | 20.「原因・結果の理法」③