2016年 12月 24日

7.③知性・理性・感性

理性的判断で作り上げていったものが宗教、倫理、道徳であります。理性的判断力をずっと判断する能力で作り上げていったものを宗教といいます。一つの価値観を、価値の体系を作っていったのであります。
しかし、お互いに、これが大事だ、あれが大事だと、資本主義だ、共産主義だと価値観が違う事で喧嘩をするのであります。

そこで価値観をどうすればよいかということになります。このことから人間の作った価値観ではなく
大自然の事実の価値観にしたら問題はなくなるのであります。

生命には宗教宗派も、人種差別もありません。生命の尊厳性という事から、草木一本でも大事であります。
麦とか米が枯れて全部なくなったら生きて行けません。全ての生き物は生きていけなくなります。
如何なる生物の生命も大事であります。

お互いに生命をより高めあっていくことが自然の価値観であります。

自然と言う作り主がとすると自然が与えて下さっている我々の生命はということになります。こういうこと事実を踏まえて、そこに素晴らしい生き方があるのだなというプラスの判断をすることであります。

結婚だって、出会いだって、
自然と言う作り主のがしていて下さっておられます。
心臓を動かして下さり、寝ている間も血液を循環して下さっておられます。
自然の大きな生命の力によってしていて下さっておられます。

こういう理性的な判断が出来たら、生きる生き方がずっと高くなります。

知性理性を無意識に使うのではなく、今度は意識的に感動を高めていくことであります。
どんな相手であっても、こちらが本当にプラスの実感を持ち、本当にプラスの意識で接すると如何なる人間関係も解決していきます。

アメリカや諸々の国々がお互いに敵対心をもって接しています。これでは永遠に争いは無くならないでしょう。科学が発達しただけ敵対心をもてば、攻撃兵器は、ますます、ひどい殺人兵器となるのであります。

人類の中に愛を持たないで敵対心や憎しみを持ったときには、永久に解決にはなりません。そうすると生きる事が喜びではなく悲惨となります。
マイナスの意識で会社に行ったらいやであります。いやだって一日生きるのであります。
感性がプラスでありますと、相手のいい点を見て、或いは生きる喜びの方を見て、あゝこれは素晴らしい生きる喜びだと判断するでしょう。そしてそう判断すると気持ちがそうなるでしょう。
どちらの気持ちを掴むかは自分次第であります。次第と言うことになります。

知性という知る力を使って開発していったものを科学といいます。

理性を、つまり価値判断する能力を使って人類が開発していったものが宗教・倫理・道徳であります。

感性を使って開発していったものが芸術であります。

でもそれは大自然という事実があるからであります。例えば、バラの花の絵あったとします。バラがないとバラの絵は描けません。
人生がなかったらどんなドラマもかけないのであります。

そうすると、どちらが元といいますと現実が元であります。
自然が活かしてくれている人生が元であります。この元を良くしなければ人間が、その能力を使って開発していった、科学、倫理、道徳観、芸術も良くなりません


元の方が大事であります。元の方を良くするためには、その元を与えてくれているのは自然そのものであります。つまり、自然とは生命を与え活かしてくれている「生命の親」であります。
このことは生命そのもののことであり、どの人にも通用することであります。

どの宗教宗派でも、どういう年齢でも、男女をこえて動物・植物に関係なく全てに通用する事であります。
「生命の親」に生きる感謝をして、知性・理性・感性を高めて地球の為に、より良い生き方をすることが大事であります。


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by shizennori1 | 2016-12-24 20:20 | 7.③知性・理性・感性について


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